8月13日


友よ、今日は。今日は、聖ベネディクト
(c480 - 547)について考えてみたいと思います。

ベネディクトは480年頃、小さな町ヌルシアの
古代ローマ貴族の家系に生まれた。
双子の妹に聖スコラスティカがいた。

少年時代は両親とともにローマに住み、学問を習得した。
彼は神に自らの生涯を捧げることを決意し、
ローマ郊外の都会の騒がしさを離れた場所で新たな生活を始めた。
しばらく後、ベネディクトはローマを完全に離れる必要を感じ、
早い時期に学校を退学した。

田舎で自らの労働によって生活しつつ修道生活を営む
ことを考えるようになった。

修道士ロマヌスの勧めで数年間洞窟での隠修生活をした後、
ベネディクトは山中の町スビヤコに修道院を設立した。
彼のもとに、彼の評判を聞いて次々と共鳴者が集まり、
スビヤコには12の修道院が増設されるに至った。

529年ころイタリアのローマとナポリの間にある
モンテ・カッシーノに修道院を設け、540年ころ
修道会則(戒律)を定めて、共同で修道生活を行った。
彼の戒律に従った修道会の一つをベネディクト会と呼ぶ
ようになった。

ベネディクトスに弟子が増えると、
地元の聖職者たちからの敵意はいっそう募り、
彼は南へ約100キロメートル離れた町への移動を余儀なくされ、
529年頃、モンテ・カッシーノに移り、修道院を設立、
モンテ・カッシーノ修道院設立の後は、ベネディクトの
生涯はその理想とする修道生活の実現のために捧げられた。

ベネディクト会の標語 “ora et labora”「祈り、かつ働け」は、
彼の、そして会の精神を表現しています。

540年頃、ベネディクトは会則を定めた。
厳格派と穏健派の中道をつらぬき、労働と精神活動について
定めたこの会則は、西ヨーロッパにおけるほぼ
すべての修道会へ広がっていき、以後、長い間、
中世ヨーロッパの修道制度の基礎として考えられてきた。

ベネディクトは547年頃にモンテ・カッシーノで死去しました。
〜〜〜〜〜〜祈りましょう〜〜〜〜〜
ああ光栄なる聖ベネディクト、全ての徳の崇高なる模範、
神の栄光の汚れなき器よ!あなたに向かって謙虚にひざまづく
私たちをかえりみて下さい。神の玉座の御前にあなたの愛に
あふれたる心もて、私たちの為に祈って下さい。

日々私たちを取り囲むすべての危険より守り、悪霊の誘惑より取り除き、
全てにおいてあなたの模範に倣わせて下さい。
主イエスのみ名によって。アーメン。
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では、よい一日を過ごしてください。
ペトロ神父




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