11月16日



愚かな者と賢い人
THE FOOLISH AND THE WISE
友よ、こんにちは。
お変わりなくお過ごしのことと思います。
この世がすべてであるかのように生きる人が多いかもしれませんが、
端から見ればちょっと可愛そうではないかと思います。
心理学者ユング(1875-1961)という人がいましたね。
彼は、死後の存在を信じることは
精神衛生上では非常に重要な役割を
果たしていると言いました。
(もちろん、健康的だから信じるのではなく、
信じるから健康的だということです)
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キリスト様は、
悪人と義人について話すよりも、賢い者と愚な者について
多く話されました。キリスト様が言われた愚かな者は
「アホー」とか「馬鹿」という意味ではありません。
場合によっては、この「愚か者」は万事に抜け目なく、
世の功名を成し遂げた
人たちであるかもしれません。
ただただ、この世だけに没頭して、死とか死後のことに
ついては問うことも、考えることもあまりしない。
「知らぬが仏」になるでしょうか。
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聖パウロは、「もし、私たちは、
この人生においてキリストに望みをかけて
生きているだけのことだとすれば、
すべての人の中で最も哀れなものです」と言います。
彼はクリスチャンたちにそう言っているのですが、
しかしこの言葉は何も
クリスチャンたちだけに限りられていません。
人は
この世だけに望みをかけて生きるなら決して利口とは言えません。
気の毒です。
現世はあくまでも仮住まいですから・・・。
「人はみな、立ってはいるが、通り過ぎる風。
人は影のように動き、
むなしく騒ぎまわる。
貯えたものも、だれのものになるか分からない」
(旧約聖書)
よい日を迎えて下さい。祈りをこめて・・・
ペトロ神父




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